愛車という歴史のまなざし

「車」とは、私たちにとって、もうすでにかけがえのないものになっています。家庭に1台必ずあるもので、”自由”を感じ取るための”愛車”として、その存在を示しております。市内の街づくりも、駐車場無料の広大な敷地をかねそなえた建て方になっており、幅広い道のりの知識も、そのカーナビゲーションというシステムで、表現されており、それはもう…地球規模で人工衛星を打ち上げるほどになっております。その車のデザインも、幅広く豊かになっており、コンテストまで繰り広げられているほどです。そのコンテストというのも、すでに専門学校まであり、カーデザインをするほどです。時代は変わりました。「はるかなる走路」という映画をご存知でしょうか。トヨタ(と、思うのです)が、その時代に、国産車を制作して、海外に売り込むまでのストーリーを描いているのですが、なかなかよくできた作品でした。音楽もゴダイゴが指名され、「アフター・ザ・レイン」という曲を発表しております。戦争に負けて何もなくなったところから、機械を作り上げるということは、どれほどの困難だったのでしょうか。屈辱に負けじ、立ち上がろうとする人間の姿が、”昭和”という時代に集約されています。50年代から60年代…70年代へと続く、我が産業工業の発展が、人事をつくし、現在を生きるまなざしにつながっています。現在、愛車に名前をつけ愛しく乗れるということは、先代が作り上げた日本の誇りではないでしょうか。