車を替えたい毎日です!

毎日とにかく、よく車を使います。通勤、小旅行、日常の買い物など、手入れを十分にできないわりに、こき使ってしまってかわいそうになぁ、と思う日々です。
もう6年以上も同じ車に乗り続け、この先も未定です。生活自体に困っている者にとって、車という買い物の先に待っているのは、ローンの支払いのために増やした仕事に明け暮れる日常なのです。
 それゆえ、必要以上に車に負担をかけないようにしようと決めていた矢先、自動車免許を取得した娘が、練習代わりに車を使いたい放題使うようになってしまいました。若さからか、強気で走るので、今まで穏やかに走っていた車なのに、なんだかどんどん車体が荒らされていくような気になっていきます。
「危ないよー。車間距離もっと空けないと!」
「お店の出入りの時はもっとゆっくり行かないとだめだよ」
「今の右折は強引すぎるよ」など、助手席で注意するこっちも命がけです。
 挙句、私が孫3人を代わるがわる預かる日もあって、時に乗り降りの際は飛んだり跳ねたり、トランクにダッシュして落ちてみたりの大騒ぎです。
勿論、チャイルドシートを付けるから、チャイルドシートも、座席シートも二重に汚れ、もうなすすべもない状態です。この汚れは半端じゃなくて、お菓子の食べかすや飲み物をこぼしたシミで、もはや大事にしていた「清潔感」はかけらも感じない、中古で汚らしい車になり果ててしまいました。それでもあと数年は替えることのできないい不自由さを感じ、ストレスの日々です。

愛車という歴史のまなざし

「車」とは、私たちにとって、もうすでにかけがえのないものになっています。家庭に1台必ずあるもので、”自由”を感じ取るための”愛車”として、その存在を示しております。市内の街づくりも、駐車場無料の広大な敷地をかねそなえた建て方になっており、幅広い道のりの知識も、そのカーナビゲーションというシステムで、表現されており、それはもう…地球規模で人工衛星を打ち上げるほどになっております。その車のデザインも、幅広く豊かになっており、コンテストまで繰り広げられているほどです。そのコンテストというのも、すでに専門学校まであり、カーデザインをするほどです。時代は変わりました。「はるかなる走路」という映画をご存知でしょうか。トヨタ(と、思うのです)が、その時代に、国産車を制作して、海外に売り込むまでのストーリーを描いているのですが、なかなかよくできた作品でした。音楽もゴダイゴが指名され、「アフター・ザ・レイン」という曲を発表しております。戦争に負けて何もなくなったところから、機械を作り上げるということは、どれほどの困難だったのでしょうか。屈辱に負けじ、立ち上がろうとする人間の姿が、”昭和”という時代に集約されています。50年代から60年代…70年代へと続く、我が産業工業の発展が、人事をつくし、現在を生きるまなざしにつながっています。現在、愛車に名前をつけ愛しく乗れるということは、先代が作り上げた日本の誇りではないでしょうか。

気になる水道工事店の車庫

昨日は、愛知県のことを述べましたが、今回は東京都下のことを述べたいと思います。私は、名古屋市内の大学に在籍後に東京都下の大学を再受験して入学しました。都内でも郊外で、駅から離れていたところに住んでいたので、自然が残り、比較的のんびりしたところに住んでいました。近くには小学校があり、その他、事業所も色々とあったのですが、私の住んでいた建物の前の道路を100m位進んだ所に、市の指定の水道工事業者がありました。その業者は、昼間は軽トラックが出入りしていて、至って普通の水道工事業者といった感じに見えました。建物は古く、かなり以前から事業を行っている業者だろうと直ぐに判りました。しかし、日が暮れて夜になると、その業者の車庫は一変します。シャッターが開いていることが多く、裸電球がぶら下がっている車庫には、外車が停めて有り、しかも同じ車種のものではなく、頻繁に入れ替わっていたということです。時には、レーシングカーも停めて有り、私はそれを見て、「この業者の方は、相当な人だろう」と思いました。私が、特に印象的だった外車は、ポルシェ928でした。性能面では934の方が上だからいい、という方もいらっしゃると思いますが、それでも私は、928と934を比べると、928に傾きます(勿論、934も好きです)。留置かれていた928は、メタリックブルーの車体で、それが裸電球に照らされて艶やかな色だったので、尚更感激しました。しかし、この928を留置していた期間も長くなく、その後、バブル経済崩壊後には、その水道工事業者は、建物をリフォームして、以前からの車庫はなくなりました。そして、カーマニア垂涎の外車やレーシングカーを置くことはなくなりました。現在も、存在しているかどうかは判らない業者ですが、こういったものを見ることが出来たのは、良い体験だったと思います。

車生活に教えられる警告

今まで乗った車は4台で、どの車に乗っても、たいてい何かしらやらかしています。まず、免許取得後に乗ったばかりのホンダのシビックでは、駐車場でバックした際、後ろの車に思い切り追突してしまいました。幸い、その車にはご夫婦が乗車していて、
「特に外傷はないようだな。まぁいいよ」と、よい人達に救われた思いがしました。その次に乗った三菱のディアマンテでは、病院の駐車場から出ようとバックしていた車が、後ろを通る私の車に気づかないまま、ぶつかってきました。
「え。気づいてくれなかったの?」という思いと、クラクションを鳴らす習慣のない私は、咄嗟の時でさえ使うことができなかったことを悔やみました。
その後も、お店の出入りの際、駐車場の端に立ててある金属の仕切り棒でこすってしまい、車体にひどい傷を負わせてしまうなど、何かと駐車場でやらかすことが多い私でした。しかし、一番最近起きた駐車場事故は、私にとって、かなりショッキングなものでした。
 それは天災ともいうべき悪夢のような事故だったのです。私はただ、普通に自分の駐車スペース内で、普通にドアを開けて出るつもりだったのに、台風の強い風にあおられ、止める間もなく思い切り全開にドアが開いてしまったのです。そしてそのドアの角は、隣に停まっていた真っ赤な新車にこれまた思い切りへこみを作ってしまいました。こんなことが起ころうとは、夢にも思わなかったのですが、起きたことは仕方ないので、冷静に手順を踏んで解決に至っています。とにかく生活の殆どは車の移動が伴うので、「気をつける」という意味を車によって随分学んできた人生でした。

車につけてもらった温かい思い出

去年、彼に「エンジンスターター」をつけてもらいました。通勤時の寒い乗車を気遣ってのプレゼントでした。私は車関係に疎すぎて、車種さえよく知らないので、こんなものがあることすら知らないでいました。
そのスターターなるものが、離れた場所にいてもエンジンをかけてくれるところまでは分かったけれど、どう役にたつのかをまるでわかっていませんでした。
当時は
「え。別にその時にスタートさせたらいいじゃん」と思っていた私が、今は便利に使いこなしています。エンジンをかけておくことで便利なのは、前回乗車の際にかけていた冷房や暖房の最終的な温度が、そのまま起動することです。勿論、「最終的な」温度を気にしておく必要があるけど、チェック機能もついているので確認もできます。
寒い今の時期は本当に助かっています。何しろ車に乗る時はもう、車内が温まっているのですから。そして通常の作動よりいいのは、ロックがかかっている状態でエンジンがかけられる、という点です。家の前に駐車場がある人なら見張っていることができても、私のように離れた場所に駐車場がある人だと、無防備すぎてできません。
「15分経過したら止まってしまうけど、またつければいいからね」そんな説明を丁寧にしてくれる頼もしい横顔を見つめ、感謝しながらも金額を心配してしまいました。
けれど、彼は
「全然、大したことじゃないよ」と、クールに振る舞っていました。こんなことをしてくれた人に人生で初めて出会い、忘れられない思い出となりました。
車関連はこんないい思い出ばかりじゃないけれど、一生忘れられない、数少ない思い出です。